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福岡高等裁判所 昭和35年(う)742号 判決 1960年10月27日

被告人 藤田隆志

主文

原判決中有罪部分を破棄する。

被告人は無罪。

理由

原判決挙示の証拠によれば、熊本県土木部特別建設課長であつた被告人は昭和二三年一二月二七日頃部下の立見一に指示し、同課が株式会社竹中工務店熊本出張所より自動車を借り上げた事実がないのに恰もこれを借り上げ自動車損料を支払うものの如く装い、同出張所員山辺義之等をして同所長中村勝喜名義の金額一一七万五四〇〇円の架空の自動車損料請求書を同県会計課に提出せしめ、同月三〇日頃同県より該損料名義を以て右金額の小切手一通の交付を受けしめた事実を肯認し得べく、また挙示の証拠就中田中益夫の上申書に被告人の原審第五回公判における供述(陳述書)を参酌すれば、県会計課長や同課係員が右損料請求を真正なものと誤信して右小切手を交付した事実を窺うに足るのである。

そこで、被告人がかかる措置に出た事情経緯を探求するに、原判決挙示の各証拠に原審における証人宮本末彦、同横田義雄、同立見一の各証言、被告人の第五、第二二回公判における各供述及び当審証人岡山信徳、同塚原広作、同松田正保の各証言を綜合すれば次の各事実が認められる。すなわち、被告人は昭和二一年六月より熊本県土木部特別建設課長として連合軍関係の兵舎、住宅等の設営、維持、管理等の職務を担当していたものであるが、その業務遂行につき自動車借上の損料の国家予算が極めて豊富に配付されていた反面、他の必要経費の予算が皆無または過少にして実情に副わなかつた関係から、自動車損料予算を連合軍関係業務遂行に必要な接待費、人件費、物件費等に流用したり或は乗用自動車、貨物自動車の購入費に充てたことすらあつたのである。ところが、機構改革により昭和二四年一月一日より従来各県に委任されていた連合軍関係の業務は特別調達庁直属の出先機関に移管されることとなり、熊本県土木部特別建設課の所管業務もすべて新に発足する特別調達庁熊本出張所及び同庁福岡支局熊本連絡官事務所の両官署に配分移管されることになつて被告人は前者の出張所長に任命を予定されていたところ、特別建設課がさきに自動車損料予算を流用して購入していた乗用自動車はひどく損傷して使用に堪えないようになつており、しかも一方連合軍は調達業務の迅速処理を厳命している状況下にあつて、各種連絡や関係業務を迅速円滑に遂行するには煩瑣な手続を必要とする借受自動車では不便にして、専用の乗用自動車の必要に迫まられており、旁々特別調達庁福岡支局の総務部長より各県に配付されている連合軍関係の多額の国家予算につき出来る限り金を物に換えて特別調達庁に引き継ぐよう指示されていた関係もあつたため、被告人は新設さるべき同庁熊本出張所に引き継いで専ら連合軍関係業務の運営に使用する意図を以て一〇〇万円程度の乗用自動車を物色した上これが購入資金に充てるため前叙の如き架空の操作により自動車損料予算の払出を受けたものである。

かように、熊本県土木部特別建設課を解体して特別調達庁熊本出張所の新設という連合軍関係業務の所管についての機構改革の機に乗じ、自己が所長として任命さるべき右出張所に引き継ぐため冒頭説示の如き欺罔方法により莫大な国家予算を不正流用して乗用自動車を購入せんとする如きは財政法規違反の責は勿論、著るしく当を失するの譏を免れない。しかし、さればといつて記録上該措置を以て直ちに被告人が自己の利益を図る意図に出たものとは認め難く、却つて、右乗用自動車が新設さるべき特別調達庁熊本出張所々管の連合軍関係業務遂行上必要な物件であり、しかも被告人はこれを右業務に専用する意図であつた事実に鑑みれば、被告人の右予算払出は専ら本人である国のため連合軍関係業務を適正に遂行せんとする目的に出でたものであり右金員を自己または第三者のため不正に使用せんとする意図は微塵も窺われないから、被告人の右予算の払出については不正領得の意思を欠くものというべく、従つて被告人の本件所為はこの点において詐欺罪を構成しないと断ずるのが相当である。

しかるに原判決が払出を受けた金額の莫大なる一事を捉えて許容された範囲をこえた金員を許容された範囲内での請求の如く装つたものとして詐欺罪の成立を肯定したのは詐欺罪に関する法律の解釈を誤つたか事実を誤認したものにして判決に影響を及ぼすこと明らかであるから原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。

そこで、刑事訴訟法第三九七条第一項に則り原判決中有罪部分を破棄し、同法第四〇〇条但書に従い更に判決する。

本件公訴事実は、被告人は熊本県土木部特別建設課長をしていたが、部下の立見一、竹中工務店熊本出張所山辺義之等と意思を通じ、昭和二三年一二月二七日頃真実自動車を借り上げないのに恰も借り上げたように装い、同出張所長中村勝喜名義の架空の自動車損料請求書を県会計課に提出して金一一七万五四〇〇円を請求し、同課係員をその旨誤信させ、同月三〇日頃同額の小切手一通の交付を受けてこれを騙取したものであるというのであるが、前掲説示のとおり犯罪の証明が十分でないから刑事訴訟法第三三六条に則り無罪の言渡をする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 藤井亮 中村荘十郎 内田八朔)

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